2025年6月26日
仮説提案ができない理由

第一節:方法論の欠如
仮説提 案ができない第一の理由は、「そもそも仮説提案の方法がわからない」という根本的な問題です。多くの企業で営業研修が実施されていますが、概念的な説明に留まり、実際の案件でどのように適用するかが不明確なケースが多く見られます。
研修では「お客様の課題を理解しましょう」「仮説を立てて提案しましょう」と教えられますが、具体的に「どのような質問をすれば課題が見えてくるのか」「どのタイミングで仮説を提示すべきか」「どの程度の精度で仮説を構築すべきか」といった実践的なノウハウが不足しています。
第二節:時間的制約という現実的課題
第二の理由は、「事前準備に時間がかかる」という現実的な課題です。日本の営業現場では、多くの営業担当者が同時に複数の案件を抱えており、一つ一つの案件に対して十分な準備時間を確保することが困難な状況にあります。
四半期ごとの売上目標に追われる環境では、短期的な成果を求められがちです。仮説提案に必要な業界調査、競合分析、顧客の財務状況把握、意思決定プロセスの理解などには慣れるまでは相当な時間投資が必要ですが、こうした準備時間が営業活動と考えられないことが問題です。
即効性重視の営業文化
多くの営業組織では、「今月の数字」「今四半期の結果」が重視され、中長期的な視点での関係構築や仮説構築よりも、既存の関係性を活用した短期成果が優先されます。このような文化の中では、時間をかけた仮説構築は「効率の悪い活動」と見なされがちです。
しかし、この短期志向こそが、価格競争に巻き込まれ、利益率の低下を招く根本的な原因となっています。お客様にとって真に価値のある提案を行うためには、一定の時間投資が不可欠であることを組織として理解する必要があります。
第三節:スキルの属人化問題・
暗黙知の組織内の蓄積不足
第三の理由として、「スキルの属人化」があります。どの営業組織にも、自然と仮説提案を行い、高い成果を上げている営業担当者が存在します。しかし、その方法論が組織内で体系化・共有されていないため、他のメンバーが同じレベルの提案力を身につけることができません。
トップパフォーマーは、お客様との会話から無意識に重要な情報を聞き出し、それを基に仮説を構築しています。「どのような観点で顧客を分析するか」「どの発言に注目すべきか」「どのタイミングで仮説を提示すれば効果的か」といったノウハウが、個人の暗黙知として留まっているのです。
成功パターンの共有不足
また、成功事例の共有においても課題があります。「今月、大きな案件を受注しました」という結果の報告はあっても、「どのような仮説を立てたか」「どのような検証プロセスを経たか」「お客様のどの発言がブレイクスルーとなったか」といった成功に至るプロセスの共有が不十分です。
この結果、組織全体の提案力向上が個人の経験と才能に依存し、組織的な能力として蓄積されないという問題が生じています。
第四節:個人問題から組織問題への転換
これらの課題は、営業担当者個人の問題ではなく、組織の構造的な問題として捉える必要があります。私の過去の経験から学んだ最も重要な教訓は、仮説提案を「やらざるを得ない=自然とやり続ける環境」を組織として構築することの重要性です。
IBMでは、どんなに多忙な営業担当者でも、必ず顧客の事業課題を深く理解し、仮説を立てて提案することが当たり前の文化として根付いていました。これは個人の意識や能力の問題ではなく、組織として仮説提案を推進する仕組みが整備されていたからです。
行動科学に基づく環境設計
行動科学の観点から見ると、人間の行動は環境によって大きく左右されます。どんなに優秀な営業担当者でも、仮説提案を行うことが評価されない環境では、その行動は継続しません。逆に、仮説提案を行うことが自然と評価され、実践しやすい環境が整えば、誰でも一定レベルの仮説提案ができるようになります。
重要なのは、仮説提案を「特別なスキル」として捉えるのではなく、「営業活動の標準プロセス」として位置づけることです。そのためには、評価制度、会議体、営業ツール、情報共有の仕組みなど、総合的な環境整備が必要になります。
第五節:具体的な環境整備の方法
具体的な環境整備として、まず営業プロセスに仮説提案を組み込むことから始めましょう。案件ミーティングで必ず仮説を発表する場を設ける、仮説検証の結果を共有する機会を作るなど、組織として仮説提案を当たり前にする仕組みが不可欠です。
営業会議の進め方を「今月の売上実績」中心から「お客様の課題仮説」「提案 内容とその根拠」「仮説検証の結果」を共有する場に変革します。
継続的改善の仕組み
仮説提案は一度覚えれば終わりではありません。継続的に質を高めていく仕組みが必要です。定期的な振り返りの場を設け、「仮説と実際の課題にどの程度ギャップがあったか」「より精度の高い仮説を立てるために何が必要だったか」を分析します。
お客様からのフィードバックを積極的に収集し、それを次の仮説構築に活かすサイクルの構築も重要です。このような継続的改善により、組織全体の仮説提案力が向上していきます。
まとめ:組織変革への第一歩
仮説提案ができない理由は、決して営業担当者個人の能力不足ではありません。方法論の欠如、時間的制約、スキルの属人化という構造的な問題が根本原因として存在します。これらの課題を解決するためには、組 織として仮説提案を推進する環境を整備することが不可欠です。
現在のビジネス環境では、顧客の期待値が高まり、競合他社との差別化がますます困難になっています。このような状況において、仮説提案ができる営業組織とできない営業組織の差は、今後さらに拡大していくでしょう。
まずは小さな一歩から始めてください。営業会議で仮説を共有する時間を設ける、成功事例を体系的に蓄積する仕組みを作るなどできることから着手しましょう。
重要なのは継続することです。一時的な取り組みで終わらせず、組織の文化として定着させることで、必ず成果は現れます。あなたの組織でも、仮説提案を当たり前に行う環境を作り、営業担当者全員がお客様にとって価値ある提案ができる組織に変革していきませんか?
組織として仮説提案を根付かせる環境作りを、今日から始めてみましょう。