2025年5月6日
似て非なるもの──成果を生むAPSと、形式だけのAPSの違いとは?

「うちもアカウントプランニングセッション=APS、やってますよ」
某大手IT企業出身の営業パーソンと話をした際、そんな言葉を耳にしました。
しかし、その方の話を聞いて感じたのは、まさに「似て非なるもの」だということでした。
同じ「APS」という言葉を使っていても、やり方も、目的も、構造もまったく異なる。そして何より、出ている“結果”が決定的に違うのです。
本稿では、IBMで25年間実践してきた「成果を出すAPS」のエッセンスをもとに、“形だけのAPS”との違いや、営業組織が真に強くなるために必要な視点をお伝えします。
第1節:同じ名前でも中身は違う──APSの誤解と限界
アカウントプランニングセッション(APS)とは、営業が自分の担当するお客様について、目標、戦略、アクションを整理・共有する場です。
IBMではこのAPSを50年以上、日本国内のすべての営業が四半期ごとに必ず実施しています。私も、25年間で一度も欠かすことなく続けてきました。
しかし驚くことに、APSという言葉が他社にも浸透してきた現在においても、「正しく運用されているAPS」に出会うことはほとんどありません。
形式的な発表会で終わっていたり活動計画を紹介しただけになったりです。
それでは何の意味もありません。
IBMにおけるAPSは、戦略会議であると同時に、営業の“人材育成装置”です。
目の前のお客様の経営課題に対して、どのように仮説を立て、誰と連携し、どんな打ち手を実行するのか。
それを自分の言葉で語り、第三者からのフィードバックを受けることで、営業の“考える力”が磨かれていきます。
第2節:「やっている」と「できている」の大きな違い
セミナーや講演の場でIBM流のAPSをご紹介すると、「うちも似たようなことをやっています」と言われることがよくあります。
実際、APSという名称を使っているエンタープライズ営業組織は増えてきました。
しかし、その営業組織が“強いか”と聞かれれば、残念ながらそうとは限らないのが現実です。
なぜなら、「やっている」と「できている」には大きな違いがあるからです。
多くの企業では、営業が話しやすい部分だけを抽出し、やりやすいようにアレンジした“風”の仕組みを作っています。ところがそれでは、本質が抜け落ちてしまうのです。
成果を出すAPSとは、「やりにくいこと」「面倒なこと」「痛みを伴うこと」に真摯に向き合う仕組みであるべきです。
たとえば、戦略に対するロジックの甘さを指摘される、連携不足を指摘される、
過去の失敗を棚卸しする……こうした場面を受け止め、改善の行動に結びつけてこそ、初めて“成長”が生まれます。
第3節:成果を生むAPSの本質とは?
IBMのAPSの本質は、「仮説思考」と「継続する文化」にあります。
仮説思考を営業全員にインストール営業パーソンは、単なる伝達者ではありません。お客様の経営課題を読み解き、自社の価値を戦略的に届ける“変革パートナー”です。そのためには、「なぜその打ち手を選んだのか?」という問いに、自分なりのロジックで答える力が必要です。APSではこの“仮説立案〜検証”の訓練を徹底的に行います。
継続による進化IBMではAPSを50年継続していますが、その間ずっと同じことを繰り返しているわけではありません。プロセスを微調整しながら、組織全体の成熟度に合わせて進化を続けています。例えば、10年前と比べてデータ活用の深度が格段に進化し、AIを活用した予測シナリオを織り込むケースも出てきました。
つまり、「APS=形式」ではなく、「APS=文化」であることが、成果を出し続けられる営業組織の特徴なのです。
第4節:「完全コピーする意気込み」が成果を生む
「なぜIBMは50年も続けられたのか?」この問いの答えは、極めてシンプルです。“徹底して実施する仕組みを作って愚直に運用した”からです。
APSは、IBMが最初から完璧な形で始めたわけではありません。
小さなPDCAを何百回と繰り返し、少しずつ今の形に磨き上げてきたのです。
その過程で大切にされてきたのは、「本質を理解したうえで忠実に再現する姿勢」です。
やりやすい部分だけをつまみ食いするのではなく、“意図を理解した完全コピー”から始め、そこから自社に合った形へと進化させていく。
それが、成果を出すAPSへの最短距離です。
まとめ:似て非なるAPSを、同じだと思い込まないこと
営業の仕組みは、似ているように見えても、本質的にまったく異なることが多くあります。
特にAPSのような“戦略×育成”の仕組みは、表面的に似ていても、運用の深さで大きく差が出ます。
「うちもやっている」と安心せず、「うちはできているか?」と問い直すこと。
成果が出ていないのであれば見直すこと。
そして、成果が出ている企業の仕組みを、まずは“守”として真似し切る姿勢を持つこと。
そこからしか、本当に強い営業組織は生まれません。
似て非なるものに惑わされず、本質を見極め、育てていきましょう。
APSは“文化”です。続けることが、組織の未来を変えます。